【コラボエッセイ】VOL.3 当たり前のアップデートASAKI’S CASE

【コラボエッセイ】VOL.3 当たり前のアップデートASAKI’S CASE

当たり前 – 生命リズムのアップデート

当たり前のこと、それは進化し続ける生命のリズム。意識していることも無意識のことも、その当たり前は千差万別のように見えて、本質はありがたく尊いこと。学びと愛と感謝の連続のようだと感じるのです。アップデートしていく毎に表現力がより豊かになり、瞬間瞬間にバランスとリズムを織り成し存在して広がるエネルギー。確実に、約10年前と今とでは現象も表現方法も進化します。それと共に、何か軸のような根源はずっとそのままあるようなまた深く壮大になるようにも感じています。当たり前を通し、” 生命のリズム “について少し綴ってみたいと思います。

当たり前を思い起こす

私たちはこの地球に生まれた瞬間、当たり前に呼吸をし始めます。肉体へと宿り生命誕生の瞬間。その呼吸は誰かが教えてくれた訳でもなく無意識に始めたかのようでした。わたしたちの本能・細胞に呼吸のバランスとリズムがずっと刻まれてきたのです。10年ほど前の私は、がんの再発後の後遺症が治まってきた頃。それまでの闘病生活の中で極度の痛みの際、呼吸を通して緩和する方法が自然と身につきました。がんの治療に取り入れていた自然療法の一つであるヨガの学びを通して後に呼吸を深く学びました。この頃には痛みを緩和する・副作用の対処・緊張する検査のための呼吸法などが自分の一部となりとても当たり前になっていまいた。呼吸を学んだ際、” 当たり前 “にしていた事の” ありがたさ “を改めて感じ、どこか懐かしさに似た感覚を感じた氣がします。現在も友人がふと伝えてくれたことがありました。「呼吸が長いね。深いね。」私にとって何か大切なところを思い起こすかのような言葉でした。当たり前だったことがふと何かを思い起こさせてくれるとき、何か奥底からの氣づきや次なる道しるべに巡り会えたような感覚になります。どこか人生のリズム、生命のリズムが記憶していることをこの瞬間に思い出すとわかっていたような、そしてより豊かになる瞬間だと感じています。

当たり前の意識と無意識は表裏一体

日常の中、私たちは順応性を活かし生命リズムを奏で生活します。この時、意識している事と無意識になっている事が共存します。表裏一体となり当たり前に日常を創り過ごします。こんなことがありました。誰かは波乱万丈で大変な人生だと、誰かは奇跡的な幸せな人生だと私に伝えてくれました。そう伝えてくれた相手からは良し悪しではなく、対象となる私に愛情と敬意を持って伝えてくれたのを感じました。当たり前が映すその景色の見え方は異なること、この見え方に影響している事の一つは” 無意識 “が関係していることも学びました。同時に自分が自分に問い掛けているかのようでした。無意識の当たり前を知ることは、何より生命リズムがとても整うと実感しています。こういう無意識があったんだなと氣づいて、私がわたしにそうだったんだね!氣が付いたよ!と自身の心に寄り添うと、それは全てに反映さるので顔色や体調、人生にも出てきます。もともとが豊かな今である事、より豊かさに溢れることでもあると感じます。会話を通してなど、知る方法はたくさんありますが、私の場合とても身近なのが、呼吸法・瞑想です。無意識を認識したり根本を思い起こす循環をクリアにし促してくれます。心身の変化、氣の合う人との会話などもそうです。

茶道教室に通っていた幼少期、先生がお稽古がはじまる前に必ず質問してくれた言葉があります。「今Asakiちゃんは、どうしてここにこれたの?」また家に帰ると母が「今日はどうだった?」と聞いてくれました。それは” 今 “を観る。今この瞬間が在ることへの大切な質問たっだと感じます。ここに在ること、これたこと、できること、感じていること全てありがたいことだと精神を通して学ぶことができました。これからも一生忘れない言葉たちです。ちょっとした当たり前も10年経てばやはり進化します。この言葉たちもそう、あの時のままではなくより広がりました。その大切な当たり前とこれからも生命リズムのアップデートをしていきたいと思います。

みなさまの当たり前、無意識はどんなことでしょう?豊かな心地よいイマと人生とありますように。お読み頂き誠にありがとうございました。

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By Asaki

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